クリエーターが無償の仕事を受け続ける事はartの衰退を招く

(このブログ記事は「自由と平和のための東京藝術大学有志の会」に2018.1-2 期間限定で活動に参加した個人が、活動を通じて得た、個人の思いを綴ったエッセイです)

 

   

音楽の世界であれ美術の世界であれ、クリエーターが創作活動を続けて行く上で必要最低限守られるべきこととは何か。

  

 

創作活動の上で、無償の仕事を受け続けることの弊害について考えたい。

 

 

クリエーターとって必要最低限必要なこととは、自分の創作活動の枠や活動内容を自らの手法で説明出来、そこに発生する著作権の内容や使用範疇、活動の上で必要な事柄を理解し、創作活動における「有償」と「無償」の違いを理解し、これらを創作活動の上で生かすことができることだと思う。

 

 

 

創作活動をするうえでの必要最低限の枠とは、(基本的にはその著作権の譲渡は行わず)使用範囲や使用方法などを、仕事を発注する人との話し合いの上、創作物の使用の範疇、どんな使われ方をどういった媒体で使用するか、など用途や使用範囲、内容などを定めて創作物の使用についての一切を確認し、さらに著作権を譲渡する(受取手が「作品」を買い取る)場合は、話し合いの上、その内容に見合った相応の契約が発生する、こういった一連の流れの理解と実践ができるという事である。

  

 

いっぽう、複製技術の発達した現在、インターネットの動画サイトやフリー素材サイトなど、無料で閲覧やダウンロードが可能な創造作品の複写などが沢山みられるようになっている。

 

 

音楽や美術が「無料で」「お手軽に」「誰もが」閲覧・試聴でき、その行為に料金が発生することもなく、スマホやパソコンで個人が気軽に創作物を享受できるようになっている。

 

 

受取手にとっては、artにお金をかけるという意識そのものが薄れている。プロの音楽家のコンサート会場にわざわざ出掛けてお金を払うことなどしなくとも、無料動画サイトで音楽を楽しめればそれで良し、と考える人が増えたり、イラストやweb素材などはインターネットの「フリー素材集」のダウンロードで事足りる、わざわざクリエーターに仕事を発注しなくても用は済むと考えるインターネットユーザーが増えて来るのも、ごく当然の流れになっている。

 

 

自分は創作活動のプロであると名乗っている人の中には、「ボランティア(無償の仕事)」は一切受けない、とする人も多い。というより、そもそも、本来プロは無償の仕事や格安料金の仕事は受けるべきものではない、と私は思う。もし受ける場合は、普段の仕事と無償や格安の仕事とがどのように異なるのか、例えばチャリティであればどういったことを目的としているのか、期間や内容が限定であるか等をはっきり定め公表し、有償・無償の違いを区別する事が必要不可欠だと思う。

 

そうでないと、自分の活動の範疇が曖昧になり、こういった世の事情の中のなかでわざわざ自分を選び仕事として発注して頂いたクライアントの方々や、自分の創作活動の理解を頂いている方々などに対しても、大変失礼で不公平なことをしていることにあたるではないか。 

 

コピー制作物の蔓延した現在、クリエーターが創作活動で報酬を得るのには大変な労力がいる。つねに無料サイトの「作品」と自分の創作物(あるいは演奏等の創作活動など)との比較をされ、苦労して作成した創作物、創作活動より「フリー素材」の方が出来がいい、と評価されてしまえば、artを仕事として受ける場そのものが狭まってしまう。

   

「有志の会」では、様々な形でartと社会の関わりについて活動を行っている。学生との交流を前提として様々な立場のクリエーターも数多く参加している。

 

以上の問題は学生の場合も同様である。学生だからタダで仕事をしろ、一方プロはお金を得て良い、などどいう事などもまた決してない。学生・社会人、またはプロ・アマチュアの別にかかわらず、その活動にかかわる労力が発生した場合は、内容に見合った作業料金なり加工代金なりが発生するのはごく当然の事である。教育的配慮の必要な場だからお金の話をしてはいけない、という空気が暗黙の了解にあり、artにかかわるものはお金の話なんかしないものだという圧力的な雰囲気が生まれている。そうではなく、これが教育的配慮の必要な場であれば(営利を目的としない活動に限る、など場に制限がある場合なども)なおさら、暗黙の了解で無償仕事を強いる構図を作ってはいけないと思う。

 

 

私はこれまでに、当有志の会とは別の、営利を目的としない「Aの会」有償ボランティアを、期間や内容を定めて広報物作成という仕事として受けさせて頂いた経験がある。Aの会では、2003年から10年以上にわたって、その地域に住む人たちが「九条について考えよう」というテーマで集まり、数年に一度の割合で文化人の講演会やコンサート、交流会など様々な活動を行っていた。このなかで広報物制作を担当させて頂いた。その全ては計画的に準備し有償だった。チラシや広報物、看板や封筒の印刷代、チケット版下代金、その他もろものについて、また、自分が作業しきれないもの(たとえばブラックのロゴ作成等)が出て来た場合など、見積書や作業伝票を作成の上、知人に制作を業務委託という形でお願いし、それについても有償で行われた。この実例からわかるように、営利を目的としない文化活動だから無償でないとできない、お金の話なんかするものじゃない、などということなど決してない。

 

 

例えばデザイナーのプロが安易に無償の仕事を受けてしまうと、デザインの仕事を今後生業にしたいと希望を持って真剣に学んでいる学生の方々にたいしても、間近に負の連鎖をみせつけることになり、とても良くない事だと思う。様々な文化活動を、学生と社会人、プロとアマチュアなど、立場の違う人たち同志で協同して行う場合には、なおさらこういったお金の問題を、きちんと話し合って定め行う必要があると思う。

 

 

クリエーターが自分の仕事の枠をないがしろにして、無償の仕事を受け続ける、ということは、苦労して築いている自分たちの活動の場をわざわざ自らおびやかすことにつながり、ひいてはartの衰退につながると思う。

 

 

 

(ペンネーム・猫の手)