5/21<画学生からの伝言>集会によせて

このイベントは、現在入場お申込みを締め切らせていただいています。

 

長野県上田市にある戦没画学生慰霊美術館「無言館」の館主、窪島誠一郎氏が上野でお話をされるという。昨年末、くも膜下出血となり、幸い大きな後遺症もなく近日退院したばかりとのこと、館主みずから労を押しての今回の東京での講演は、大変に貴重な機会です。

 

 

 

窪島誠一郎氏は1941年生まれの著作家・美術評論家。戦没画学生慰霊美術館「無言館」(一般財団法人)・夭逝した画家のデッサンなどの作品を収蔵した「信濃デッサン館」の館主です。無言館には、全国の戦没画学生の、日中・太平洋戦争で亡くなった画学生の遺作・遺品約300点が展示されています。繰り上げ卒業の学徒、収集された若手教員などが多く、油絵・日本画・工芸・デッサンなどの作品、日記、イーゼルや煙草入れなどの遺品があります。所属は東京の画学生にとどまらず、日本国籍以外の方々の展示もあります。

 

 

無言館は信濃デッサン館の分館として1997年が第一展示館が設立、2008年に無言館第二展示館「傷ついた屋根のドーム」が設立しました。〜美術館所在:上田市古安曽(上田交通 塩田町駅からシャトルバス・歩7分/上信越自動車道上田菅平インターチェンジから約35分)

 

 

同館設立のきっかけは、窪島氏が、自らも出征経験を持つ画家・野見山暁治氏(1920年生まれ、洋画家、文化勲章授章者)と出会い、野見山氏の「戦死した仲間たちの絵」の話に共感したことにはじまります。ともに遺族を訪問する旅をして長い年月をかけて収集されました。

 

施設の「無言館」という名には、展示される絵画はなにも語らず「無言」だが、みる者に多くを語りかける、という意味で命名したというが、いっぽう、展示される絵画をみてみる者も「無言」になるという意味をも含んでいるといいます。

 

 

 

戦争では実に多くの命がうばわれ、自然が破壊されます。今平和について今、数多くの文化人が平和について訴え、行動しています。

 

2015年4月の無言館で行われた成人式では、ちばてつや氏(1939年生まれ、漫画家、「あしたのジョー」作者、文星芸術大学教授。終戦時6才で中国の奉天で迎え、苦労された経歴をもつ)も、日本を戦争する国にしてはならないと発言されています。戦争法案で個人が国家に監視されると、各々の発言や自己表現が萎縮し、国がやせ細っていくおそれがある、と窪島さんはいいます。戦争中の画家達は、公共施設をスケッチするのも、裸のモデルを描くことも禁じられていました。70年前の日本を、ご自身のことばで語って下さる方々も年々少なくなりましたが、それはたった70年前に実際に行われていたことなのだということを私達は忘れてはならないことだといいます。

 

 

■同日、観世流シテ方 関根知孝氏による独謡が披露されます。

 

 

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題目 母のなげき 〜能「藤戸」より

              能楽シテ方観世流

 

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関根氏は1951年生まれ。観世流二十五世宗家観世左近氏に内弟子され、国内外での公演や指導に尽力されています。1998年重要無形重要文化財指定。

(藤戸:作者不詳の雑能。源平合戦の頃、備前国(岡山)藤戸の合戦で、戦陣の功のあった佐々木盛綱は、新領主としてお国入りします。領民の訴えを聞くうち、一人の老婆がやって来て、罪もない我が子が、盛綱に殺された恨みを述べます。老婆は悲しみを新たにし、親子の情を述べ、自分も殺してほしいと詰め寄ります。盛綱は前非を悔いて、老婆を慰め、下人に命じて自宅まで送らせます。)

 

 

日本の第一線の文化人の方々が参加され、平和について考え、行動するきっかけとして、活動ジャンル、世代、地域をこえ、この集会は企画されました。皆様是非ご注目ください。

 

※おことわり

 5月21日(土)開催の「憲法9条70年《画学生たちからの伝言》いま耳をすます」は、5月14日(土)を以て、予定通り、入場お申込みを締め切らせていただきました。

 当日、ご参加くださる皆様と 素晴らしい時間を共有できますことを楽しみにしています!たくさんのお申込みをありがとうございました。

 

 

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コメント: 1
  • #1

    Darlene Ogilvie (金曜日, 03 2月 2017 07:04)


    Great article, just what I was looking for.